大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(特わ)2062号 判決

主文

被告人を判示第一、第二の罪について懲役二月に、判示第三の罪について懲役三月に各処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  昭和五七年八月三日午前零時五三分ころ、道路標識によりその最高速度が六〇キロメートル毎時と指定されている東京都世田谷区北烏山六丁目二五番付近道路において、その最高速度を六三キロメートル超える一二三キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(横浜三三た四五二七)を運転して進行した

第二  午前二時一三分ころ、道路標識によりその最高速度が六〇キロメートル毎時と指定されている同都同区北烏山八丁目五番付近道路において、その最高速度を七四キロメートル超える一三四キロメートル毎時の速度で前記自動車を運転して進行した

第三  昭和五八年二月一五日午後一一時一一分ころ、道路標識によりその最高速度が五〇キロメートル毎時と指定されている同都板橋区大原町二四番地付近道路において、その最高速度を七一キロメートル超える一二一キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車(横浜三三た六六七五)を運転して進行したものである。

(証拠の標目)(省略)

(確定裁判)

被告人は、昭和五七年一一月一八日東京地方裁判所八王子支部で常習賭博罪により懲役八月(三年間刑の執行猶予)に処せられ、右裁判は、同年一二月三日確定したもので、この事実は検察事務官川崎悦弘作成の前科調査によつて認める。

(法令の適用)

罰条

判示第一、第二、第三の各所為につき道路交通法一一八条一項二号、二二条一項、四条一項、同法施行令一条の二第一項

刑種の選択

判示第一、第二、第三の各罪についていずれも懲役刑

併合罪の処理

判示第一、第二の各罪につき前記確定裁判のあつた罪と刑法四五条後段の併合罪、同法五〇条、四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重)

訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

一、前掲各証拠によると、被告人の本件各犯行は、いずれも自動速度取締機(RVS)で認知、写真撮影されることによつて発覚したものであるが、同機は電源部、コンピユーター部及びカメラ部からなる本体と一対の光学式感知器(センサー)により構成され、二本のセンサーの間を車両が通過するに要した時間からその車両の速度計算を行ない、あらかじめ設定した速度を超過した車両についてはカメラとストロボが作動してその前方からナンバープレート、運転者等を撮影し、日付け、時刻、地名、車線区分、制限速度、計測速度を同一フイルム上に記録するものであるところ、速度測定装置としていずれも正確で、本件各犯行日時においていずれも正確に作動したことが認められる。

二、ところで、弁護人は犯罪捜査のため容ぼう等の写真撮影が許容される限度と憲法一三条について判示した最高裁昭和四〇年(あ)第一一八七号、同四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁を前提としたうえ、犯罪捜査の必要上写真撮影が許されるのは、同判決が示す要件(一)現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、(二)しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、(三)かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるとき、を充足する場合であり、右要件の本件における充足について次のように指摘して、本件各自動速度取締機(RVS)による写真撮影は右いずれの要件も欠き憲法一三条に違反し、結局、右撮影にかかる写真を有罪認定の証拠とすることはできないと主張する。

(一)について、現行犯と同義でありその事実は捜査権のある者が現認しなければならないところ、器械がこれを代行することはできない。

(二)について、被告人を正面から撮影しなければならない「必要性」はない。なぜなら、車の後部からナンバーのみを撮影することによつても速度違反の被疑車両を捕捉することができるからである。

(三)について、被告人との同乗者も撮影している点で集会、結社の自由の保障に関する憲法二一条一項に違反する疑いがあり、犯行現場において被告人の弁明を聞いていない点で被疑者の防禦権の保障に関する憲法三七条一項に違反する疑いがあり、本件自動速度取締機によつてはトラツクなどの大型車が捕捉し難く、ナンバープレートが後部についている自動二輪車の捕捉ができない点で法の下の平等に関する憲法一四条にも違反する。また、速度取締りの予告掲示板は夜間特に見づらく、十分な事前警告があつたとはいえない。

当裁判所の判断は次のとおりである。

前記(一)、(二)、(三)の各要件が充足される場合に犯罪捜査のため容ぼう等の写真撮影が許されるとする前記最高裁判所判決の考え方は、本件自動速度取締機(RVS)による写真撮影の許否についても妥当する。

前掲各証拠によれば、本件は、被告人が判示のとおり最高速度六〇キロメートル毎時と指定された道路を一二三キロメートル毎時あるいは一三四キロメートル毎時の、最高速度五〇キロメートル毎時と指定された道路を一二一キロメートル毎時の、いずれも法外な高速度で自動車を運転し、最高制限速度違反の犯罪を現に実行中の状況を本件各自動速度取締機(RVS)により捕捉、写真撮影したものであり(ちなみに写真撮影がなされるのは、あらかじめ設定された速度を超過して走行した場合に限られるが、本件においては当該道路の各最高制限速度を四〇乃至五〇キロメートル毎時程度超過する具体的特定数値に設定されていた。)、直ちに撮影しなければ現場を走り去つてしまうのであるから証拠保全の必要性があり、かつ緊急性も存在し、その撮影方法も運転者を急停止させる等運転を阻害することはなく、運転者の視覚を眩惑する危険がない相当な方法でなされたものと認めることができる。してみると、本件自動速度取締機(RVS)による写真撮影はいずれも前記最高裁判所判決の示した要件を充足して、許容される場合にあたり、憲法一三条にいささかも違反するものではない。

前記(一)の要件に関する弁護人の主張について、前記最高裁判所判決は「現に犯罪が行われ、もしくは行われたのち間がないと認められる場合」と判示しているにすぎず、捜査官が直接現認することを要件としていないし、現に犯罪が行われている状態があれば写真撮影が許されると解すべきであるから、採用することができない。

前記(二)の要件に関する弁護人の主張について、違反者の検挙のためには違反運転者及び違反車両の双方を特定しなければならず、その証拠保全のため前方からの写真撮影は必要性があり、この主張も採用できない。

前記(三)の要件に関する弁護人の主張について、(三)の要件は撮影の手段の相当性に関するものであるからその限りで主張自体明らかでないものがあるが、先に判断した本件の場合に、写真撮影の対象の中に違反運転者の容ぼう等のほか、その身辺にいたためこれを除外することができない状況にある第三者である同乗者の容ぼう等を含むことになつても、集会、結社の自由に関する憲法二一条一項に違反しないし、被疑者の防禦権の保障に関する憲法の諸規定は別段犯行現場において防禦の機会を与え弁解を聴取しなければならないとするものではないし、本件について被告人は後日警察、検察庁等の段階で十分に弁明、防禦の機会を与えられており、本件写真撮影が防禦権に関する憲法の諸規定に違反することはないし、まして、憲法三七条一項に違反しないことは明らかであり、また、本件自動速度取締機(RVS)によつて特殊な大型自動車や自動二輪車の速度違反を本件同様に写真撮影することは困難であるが、これらは他の方法によつて取締りが行われているのであるから、本件写真撮影が特定車種を対象とした「不合理な差別」にあたるとは言えず、憲法一四条に反することはないし、更に自動速度取締機設置路線と表示のある警告板の設置は制限速度遵守の交通指導と速度取締りを実施中である旨の予告の意味を有し、又その意味の限度に止まるもので本件写真撮影の許否の要件の充足の判断に関係しない。してみると弁護人の前記主張はいずれも採用の限りでない。

三、更に、弁護人は、被告人の本件各速度違反の行為は具体的状況に照らし交通事故の具体的危険があつたとは認められないから本件取締りは、取締りのための取締りであつて道路交通法第一条掲記の同法の法目的あるいは交通指導等の適正化と合理化に関する警察庁次長通達に反する違法なものであると主張するが、判示のとおりの被告人の一二〇あるいは一三〇キロメートル毎時を超える法外な高速運転行為はそれ自体極めて危険なものであつて、採用の限りでない。

四、以上、弁護人の主張は、いずれの点よりするも採用することができない。

(量刑の理由)

被告人は、風俗営業取締法違反の罪で五回罰金刑に処せられているほか、昭和五二年一二月には業務上過失傷害の罪で罰金刑に処せられたのに、昭和五三年六月から同五七年六月までの間に道路交通法違反の罪で計二〇回罰金刑に処せられていること、右道路交通法違反のうち三回は速度違反の罪でうち一回は昭和五七年五月に罰金刑に処せられたのに同年七月には判示第一、第二の各犯行に及んでいること、判示第一、第二の各犯行は同日の犯行であるが、被告人は判示第一の犯行で自動速度取締機(RVS)による写真撮影がなされたことを覚知していたのに、自戒することなくその復路判示第二の犯行に及んでいること、被告人は昭和五七年一一月前記確定裁判のとおり常習賭博罪により懲役八月の刑に処せられ、その刑の執行が猶予されている期間中判示第三の犯行に及んだこと、そして、本件各犯行は判示のとおりいずれも法外な最高制限速度違反であること等諸般の事情を考慮すると被告人の法規範を遵守する気持に欠けること甚しいものがあると認めざるを得ず、主文掲記程度の実刑は免れない。

(公判出席検察官清水實、求刑判示第一、第二の罪につき懲役三月、判示第三の罪につき懲役三月、弁護人伊佐山芳郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例